書籍詳細
- タイトル
- 源氏物語
- サブタイトル
- 新ダイジェスト版
- 竹本 哲子 著
- あらすじ
- 人間の愛、喜び、悲しみ、悩みをリアルに描いた源氏物語の現代語訳「源氏物語 ダイジェスト版」に新しい視点を加えた新ダイジェスト版。紫の上をはじめ、女性の登場人物や当時の信仰に関する解説などもあり、様々な視点から楽しめる。40年以上にわたり「源氏物語研究会」を主宰する著者の卓越した知識と、強い思いによって生まれた珠玉の一冊。
- 判型/頁数
- 四六判/334頁
- 価格
- 1,300円(本体価格 1,238円)/ 在庫 あり
- isbn
- 4_86050_017_2
- 出版日
- 2004.8.03
はじめに
源氏物語が英訳されたのは50年以上も前である。それが最近では、一種のブームの観を呈してきた。フランスでは「藤裏集」まで訳され、2,000部ほど売れたという。ソ連(現ロシア)でも、10年以上かけて全訳した人がいる。オーストラリアの科学技術大臣は「源氏物語を愛読している」と語っていた。駐英外交官は「日本文学好きの英国人から源氏物語のことを聞かれて弱った」と言っている。1,000年も前の日本に、このような立派な文学があったこと自体、欧米人にとっては大きな驚きなのだろう。
ひるがえって日本ではどうか。残念ながら、あまり一般には読まれてはいない。ドナルド・キーン氏は「教える人がいないからだ」と、その原因を分析している。確かに、国文学専攻の人でも、物語全体を習った人は、まずいない。現代語訳にしても、いたずらに長い文章で、いやになってしまう。
私たちにとって、原文がひどくむずかしく思えるのは、主語がなく、やたらと敬語が多いからである。かなづかいをはじめ、言葉が現代とまるで違っているためでもある。たとえば、古語の、“かなし”は可愛い、いとしいという意味である。“ありがたし”は、めったにない、“女房”は女官、“妹”は妻、“おとうと”は妹……。非常にややこしい。
源氏物語を、自分とは無縁な世界の物語と思ている人も数多い。ところが、よく読んでみると違う。貴族の色恋や、ひま人の遊びの世界だけを描いたものでは決してない。近代文学のなかに持ってきてもひけをとらない大河小説であり、人間を描いている点では、明治時代の自然主義文学より優れている。だから、一度読みはじめればやみつきになる。
物語の舞台となった平安時代中期は、いろんな点で現代とよく似ている。まず、平和な時代で武力を尊ばないこと。勇ましく強い男よりも、やさしくハンサムな男のほうが大事にされる。源氏物語のなかには、刀を抜く場面が2度しかない。それも、物の怪をはらうためとか、冗談半分のおどかし。源氏の君が人を斬ったことは1度もない。
女性史の上から言っても同様である。どちらの時代も、女性の地位が高い。自由恋愛が認められている。そして女流作家の輩出。平安時代には、音楽や絵の上手な人がもてはやされた。この点も、芸能人や歌手が幅をきかす現代と似ている。
昔の和歌と現代の演歌を比べてみても、その内容にあまり違いはない。当時の和歌の主題は、第1に“恋”であった。恋心をいかに表現するか。その小道具である言葉と、演歌に使われる言葉との類似性に驚く。涙、別れ、誓い(ちぎり)、雨、月、さだめ、いのち等々……
男女の愛だけではない。「すまじきものは宮仕え」という言葉は、現代のサラリーマンにも当てはまる。平安時代の女官や貴族の家来も、主人が落ちぶれれば生活に困った。主人が地方に流されれば、一緒に田舎暮らしを余儀なくされた。しかも、“単身赴任”が多かったらしい。
貧乏人は「不景気だ」と愚痴をこぼし、少しでも楽に暮らせるようにと神仏に願をかける。貴族は冠婚葬祭の“方角”や“日”を気にする。いずれも現代と変わらない。牛車が自動車に変わり、十二単重が洋服になっただけである。高層ビルを建てるにも、神主が平安スタイルで祝詞を読む。もっとも、冠婚葬祭は最近のように派手なものではなかったが……
こうしてみると、源氏物語は決して現代と無縁のものではない。それどころか、人より冷徹な目で人間と人生をみつめている。
だからこそ、私達の祖先の生活や感情を知るためにも、ぜひ不朽の名作・源氏物語を読んでほしい。そして、その作者が女性であることに、私達女性はもっと誇りを持ちたいものである。
本書は、そのための糸口として書いた。いわば、源氏物語への招待状である。勿論、全訳ではない抄訳とも違う。ダイジェスト版とでも言えばいいだろうか。原文の雰囲気を、どこまで伝えられたか、甚だ心もとないが、少なくとも、物語の大枠だけは理解していただけるのではないかと思う。
できれば、本書を読んだうえで、今度は直接原文を読んでほしい。いい注釈書がいくらでも出来ているのだから。
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